大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)1041号 判決

原告 住田一義

被告 国 外一名

国代理人 鈴木伝治 外一名

主文

名古屋地方裁判所昭和三〇年(ヌ)第二八六号不動産強制競売申立事件につき、同裁判所の作成した配当表中被告両名に対する配当を各取消し、原告の配当金額を七万五千三百七十四円と変更する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因として

一、原告は昭和三十年十月七日、訴外柴田芳一に対する名古屋法務局所属公証人田中貞吉作成第四五一六〇号手形金弁済契約公正証書の執行力ある正本を債務名義として、右公正証書に記載された昭和三十年八月二十八日に支払を受くる約の約束手形金十万円及びこれに対する同年八月二十九日から同年十月五日まで日歩九銭八厘の割合による損害金三千七百二十四円の債権のため、別紙目録記載の不動産に対し名古屋地方裁判所に強制競売の申立をし、同庁昭和三〇年(ヌ)第二八六号事件として同年十月十三日強制競売開始決定があり、同月十五日競売申立ありたることの登記がなされ、昭和三十一年七月七日代金二十三万五千円にて競落許可決定がなされた。

二、しかして、被告名古屋市は昭和三十年十月十七日に、被告国は昭和三十一年十一月二日にそれぞれ右裁判所に対し、訴外柴田芳一に対する債権に基き配当金の交付要求をなし、同裁判所は代金配当期日において、原告に五万八千七百二十九円の、被告名古屋市に七千百三十五円の、被告国に九千五百十円の各配当をなす旨の配当表を作成した。

三、然しながら被告等はいずれも右交付要求をなし得ないものである。即ち、別紙目録記載の不動産は本件競売開始決定以前の昭和二十八年十月九日訴外柴田芳一より訴外神戸鉉に売渡され、昭和三十年七月五日その旨の所有権移転登記がなされたところ、原告は右登記のなされる前の同年六月二十四日訴外柴田に対する前記公正証書記載の手形金債権十万円に基き右不動産に対して仮差押の執行をなしていたため訴外神戸鉉は原告のみに対しては本件不動産の取得を以つて対抗することができない関係にあるので、原告は右不動産が訴外神戸に譲渡された後においても、なお訴外柴田の所有物として本件競売手続を行うことができたのである。かかる仮差押債権者でない被告等は訴外神戸により右所有者の取得をもつて対抗せられるから、訴外柴田に対する債権をもつてしては本件競売手続において配当要求をなし得ないというべきである。

よつて、被告名古屋市に対し七千百三十五円の、被告国に対し九千五百十円の各配当をなす旨の本件配当表は不当であり、右金額はすべて原告に対する配当に加算さるべきものであるから、主文記載のとおり配当表の変更を求める。

と述べ、

被告国指定代理人、同者古屋市訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

請求原因第一、二項記載の事実は認める。第三項のうち、別紙目録記載の不動産が原告主張の日時に訴外柴田から同神戸に譲渡され、登記がなされたこと、その以前に原告が右不動産に対し仮差押をしたことは認めるがその他の点は争う。

本件の如く仮差押債権者が債務者の仮差押不動産の譲渡行為を否認して強制執行をした場合、仮差押債権者以外の債権者が右仮差押不動産の譲渡行為を譲受人から対抗せられるからといつて、直ちに仮差押債権者の右強制執行手続に加入できないとは云えない。蓋し、仮差押債権者以外の債権者が当該仮差押不動産の譲受人より譲渡を対抗されると云うことは、これを強樹執行手続について云えば、単に仮差押債権者以外の債権者が当該不動産について独立して強制執行を追行することができないと云うにとどまり仮差押債権者の強制執行手続に加入することが許されぬ趣旨とまで解すべきではない。仮差押債権者が仮差押不動産の譲渡行為を否認すれば、該不動産は債務者のものとして強制執行の対象となるのであつて、一度債務者の財産として強制執行が開始された以上、その後の手続においては仮差押債権者以外の債権者について右仮差押債権者と同様に取扱うべきである。そうでなければ仮差押債権者は特に優先弁済を受ける特権を有しないにも拘らず、債務者が仮差押不動産を他に譲渡したという一事により他の債権者を排し、独占的に弁済を受ける結果となり、債権者平等の原則に反する(大番院昭和六年十二月八日判決、同年(オ)第八一七号事件参照)

(一)  原告は本件不動産仮差押の被保全債権とは別個の債権に基き、本件不動産強制競売の申立をしている。即ち、本件仮差押(名古屋簡易裁判所昭和三〇年(ト)第七六号事件)の被保全権者は、記録に表示されたところに従えば、「金十万円也、但し訴外宮田松寿を振出人とする昭和二十九年十月一日振出、振出地支払地とも名古屋市、支払場所株式会社東海銀行赤塚支店、債務者(柴田芳一)裏書による約束手形金」なる債権であるが、本件不動産の競売申立の基礎たる債権は「金十万円也、但し名古屋法務局所属公証人田中貞吉作成第四五一六〇号手形金弁済契約公正証書に基く昭和三十年八月二十八日弁済を受くる約の約束手形金、及び右元金に対する昭和三十年八月二十九日より同年十月五日迄元金百円につき日歩九銭八厘の割合による損害金、合計十万三干七百二十四円」であつて、前者は約束手形金債権であるのに対し、後者は契約金債権と全く別種の債権である。両者が同一のものでないことは、後者の債権につき約束手形金にはあり得ない日歩九銭八厘の遅延損害金が付されていることからも明らかである。

(二)  原告が本件強制執行手続で配当要求をしている債権は、前記昭和三十年八月二十五日作成の「手形金弁済契約公正証書」に基く十万円の債権にその遅延損害金四万二百七十円を加算したもので、これは右公正証書作成の日以後に発生した債権であるが、本件不動産につき訴外神戸に対する移転登記がなされたのは同年七月五日であるから、その後に発生した遅延損害金債権については原告も亦本件不動産の所有権移転登記後の債権に基き配当要求していることになり不当である。

(三)  本件不動産に対する仮差押命令は、債務者たる訴外柴田に対し始め郵便による送達がなされたところ、転居先不明をもつて返送され、昭和三十四年十月二十二日に至つて始めて送達がなされている。仮差押は債務者に仮差押命令を送達する前になし得るとは云つても、四年間もその送達がなされなかつたことは、債務者の異議権及び起訴命令申立権が無視された結果ともなり、看過し難い瑕疵というべきである。

証拠〈省略〉

理由

先ず、国及び名古屋市の本件における被告たる適格について当事者間に争いがあるが、この点については当裁判所は控訴審裁判原告主張の請求原因第一、二項記載の各事実及び同第三項中別紙目録記載の不動産(以下本件不動産と略記する。)はもと訴外柴田芳一の所有であつたところ、原告は昭和三十年六月二十四日同訴外人に対する債権に基き右不動産に対し仮差押の執行をしたこと、同年七月五日右不動産につき訴外神戸鉉のため売買による所有権移転の登記がなされたことは当事者間に争いがない。

被告名古屋市は、原告は本件不動産仮差押の被保全債権とは別個の債権に基き本件競売の申立をなしたもので不当であると主張するが、いずれも成立について争いのない甲第六号証、同第四号証によれば、原告は訴外柴田芳一の裏書にかかる金額十万円の約束手形の所持人として、同訴外人に対して有する右約束手形金債権に基き本件不動産に対し仮差押をなし、その後右手形金債権につき同訴外人との間に執行認諾の約款を付した公正証書を作成し、右公正証書を債務名義として本件不動産に対し強制競売の申立をなしたものであることが認められる。右公正証書には「手形金弁済契約公正証書」と題記され、且つ、日歩九銭八厘の損害金の定めが記載されていることは被告名古屋市の指摘するとおりであるけれども、手形金の弁済を約するため作成された公正証書に右のような表題を付することは敢えて異とするに足らないし、手形金債務につき手形外の合意により手形法に所定された利率以上の遅延損害金の定めをなすことは何等妨げがないので、右のような事情があつたとしても、従前の手形金債権が同一性を失つて別個の債権となったものと解すべきではない。

原告が本件競売の申立をした債権中には右約束手形金十万円の外に、これに対する昭和三十年八月二十九日以降同年十月五日迄の日歩九銭八厘の割合による遅延損害金三千七百二十四円が含まれており、更らに成立に争いのない甲第五号証によれば、原告は配当手続の際、右遅延損害金を含めて金四万二百七十八円の遅延損害金に対する配当を要求していることが認められるが、仮差押後の該不動産の譲渡は仮差押債権者に対抗し得ない結果、仮差押債権者は本執行手続においては譲渡がなかつた場合と同様の状態で右不動産の売得金から自己の債権の弁済を受け得るのであつて、被保全債権以外は弁済を受け得ないと解すべきではない。よつて被告名古屋市のこの点に関する非難はあたらない。

次に被告名古屋市は本件不動産に対する仮差押命令は債務者柴田芳一に対しては、仮差押の登記後四年を経て送達せられているから右仮差押は無効であると主張するようであるけれども、不動産に対する仮差押は仮差押命令を登記簿に記入することにより効力を生じ、且つ右執行は債務者に仮差押命令を送達する以前にもこれをなすことができるのであるから、本件不動産に対し仮差押の登記がなされたことにつき争いのない以上、たとえ被告名古屋市の主張する如くであつたとしても右仮差押は有効になされたものと云うべきである。

そこで、問題は不動産に対し仮差押登記がなされ、続いて該不動産が第三者に譲渡されその旨の登記がなされた後に、仮差押債権者が右不動産に対し強制執行をなした場合、右不動産の旧所有者の一般債権者が配当加入をなし得るか否かに帰不動産に対し仮差押が執行されると該不動産につき処分禁止の効力が生ずるので、該不動産の所有者がこれを譲渡し、又は抵当権を設定する等の処分行為を行つても、仮差押債権者に対しては何人も右処分行為を有効と主張することができず、従つて仮差押債権者は右処分行為がなかつた場合と同様右不動産につき本執行を行い得るのである。然し、仮差押後の処分行為も絶対的に無効ではなく、仮差押債権者以外の者に対する関係では有効とみなされる。この意味において仮差押による処分禁止の効果は相対的であると云われるのである。

今、仮差押後に不動産が第三者に譲渡された場合を考えてみると、仮差押債務者(不動産の旧所有者)の一般債権者に対する関係では右譲渡は有効とみなされるから、一般債権者は爾後右不動産が尚仮差押債務者の所有に属することを主張して自から右不動産に対し強制執行を開始できないことは勿論、仮差押債権者が追行する強制執行手続に配当加入をなすことも許されないものと解すべきである。被告等は、右の場合一般債権者が独立して該不動産に対し強制執行を行うことはできないとしても、仮差押債権者の行う強制執行に対し配当加入をすることは許されると主張するけれども、仮差押をなさなかつた一般債権者が該不動産に対し強制執行をなし得なくなる理由は、前述の如く、この者に対する関係では該不動産は既に第三者の所有に移つているとみなされるからである以上、仮差押債権者の申立により開始された強制執行手続に便乗する場合に限り別異に扱われるべき理由はないと云わねばならない。又被告等は右のように解することは債権者平等の原則に反すると主張するが、繰り返し述べるように、仮差押をなさなかつた債権者は、該不動産の譲渡によつてこれを自己の債権のために債務者の一般担保物となし得る地位を失つたのであつて、かかる者と、仮差押債権者との間には、右不動産の執行に関する限り、所謂債権者平等の原則は適用をみる余地がないのである。

(当裁判所の判断は右のとおりであつて、これに反する被告等引用の判決の趣旨は是認し得ぬものと考える。)

これを本件についてみるに、本件不動産に対する競売開始決定は、本件不動産について訴外柴田から訴外神戸に所有権移転登記が経由された後になされたものであるから、仮差押債権者でない被告等は訴外柴田に対する債権をもつてしては、本件不動産の競落代金から配当を受けることができないと云わねばならない。被告等が国及び公共団体であり、その配当加入にかかる債権が訴外柴田に対する租税債権であることを考慮しても、かかる債権者をしてみると、本件配当表中、被告国に対し九千五百十円の、被告名古屋市に対し七千百三十五円の各配当をなす旨の部分は全部取消を免れない。しかして、原告に対する配当額として記載されているのは五万八千七百二十九円であるので、右取消にかかる被告等の配当額はすべてこれを原告の右配当額に加算し、これを七万五千三百七十四円と変更すべきものである。

よつて、原告の請求を正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 大内恒夫 南新吾)

目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例